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診療科トピックス

​​​​JARMeCでは365日、各科ごとに様々な症例に向きあっています。
ここでは各科ごとの症例や取り組みの一例を紹介します。

​​腫瘍科

Oncology Department

両側甲状腺癌切除と術後管理

はじめに

 両側甲状腺癌は甲状腺腫瘍の犬の60%に発生すると言われ ており、臨床の現場でも十分に遭遇しうるので、臨床医はその対 処について十分理解しておくことが必要です。明らかな転移がな く、麻酔リスクが高くなるような問題がない場合、両側甲状腺癌 切除が治療の大原則となります。根治治療という意味でも当然の ことですが、腫瘍の腫大による摂食困難や呼吸障害の予防のた めにも、少なくとも治療選択枝のひとつに入れなくてはなりませ ん。そのためにも甲状腺癌切除後の合併症の特徴とその周術期 管理は熟知しておく必要があります。

症例

  両側甲状腺切除の際には、甲状腺は当然のことながら、手術時 に上皮小体を傷害してしまうこともあり、甲状腺、上皮小体両方 の内分泌腺に影響が及ぶと考えるほうがいいでしょう。まず甲状 腺自体がなくなるため、甲状腺ホルモン製剤の投与は必須です。 甲状腺ホルモン製剤は経口投与剤しかありませんが、T4の半減 期は9~15時間で、かつ、その作用は循環血中の甲状腺ホルモ ン値が低下した後でも持続します。したがって、術後採食可能に なってから経口投与しても問題になることは多くありません。ま た、個体によっては異所性甲状腺が存在し、そこからの甲状腺ホ ルモンの分泌が期待されます。その場合には甲状腺ホルモンを 漸減・中止できる可能性があります。  両側甲状腺切除の術後管理の難易度は、上皮小体温存の有無 にもっとも影響され、甲状腺頭側に位置する外上皮小体の温存 が推奨されますが、症例や腫瘍の大きさ、浸潤の程度によって認 識のしやすさが異なります(図1)。上皮小体が温存できなかった 場合には、低カルシウム血症が術後管理の重要な課題となりま す。PTHの半減期は20分未満であり、血中カルシウム濃度は上皮 小体切除後12時間で低下傾向を示すことが多くあります。上皮 小体を温存できなかった 1例では、血中カルシウム濃度が 8mg/dl以下となった術後41時間まで経過観察した後、アルファカルシドール製剤を開始しました。しかしながら、血中カルシウム 濃度はさらに5.9mg/dlまで低下し、グルコン酸カルシウムの持 続点滴投与を行う必要が生じました(図2)。以降、血中カルシウ ム濃度をモニターしながらアルファカルシドール製剤の投与量 を調整し、良好な経過が得られています。

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図1 周囲組織を剥離し露出した甲状腺。上皮小体が視認でき温存することが可能で術後管理は容易であった(左)。
         上皮小体は明らかではなく、上皮小体を含め甲状腺を摘出した(右)

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図2 術後管理の一例。術後78時間までの血中カルシウム濃度の変化とそれに対応した処置。なお、一般状態に問題はなく、発作も認められなかった。

おわりに

 甲状腺両側切除の際にもっとも重要な点は上皮小体温存の有無で、上皮小体を温存できなかった場合には低カルシウム血症に 対する慎重な対応が必要です。
しかしながら、術後管理を十分に実 施すれば、QOLの低下を伴うことなく長期管理が可能となります。