スタッフの声(日本動物高度医療センター)スタッフの声(日本動物高度医療センター)

診療科トピックス

​​​​JARMeCでは365日、各科ごとに様々な症例に向きあっています。
ここでは各科ごとの症例や取り組みの一例を紹介します。

​​​​脳神経・整形科

Neurology/Orthopedics Department

頚部椎間板ヘルニアに対して腹側減圧術(べントラルスロット術)を実施した犬233症例の予後と合併症について

はじめに

 頚部椎間板ヘル二アは犬の頚部に発生する最も多い脊髄疾患であり、激しい頚部痛や四肢麻痺により動物のQOLを著しく低下させます。内科治療では根本的な解決とならないため減圧手術による治療が必要となる場合が少なくありません。腹側減圧術(Ventralslot Decompression:以下VS)が最も一般的な術式であり比較的手術成績も良いものの、術中の急激な出血や術後の頚椎不安定症など重大な合併症も伴う可能性のある手術でもあります。このため当センター川崎本院においてVSを実施した症例の予後と合併症について検討しました。

対象症例と調査項目

 2007年8月から2014年2月までの6年7ヶ月間に日本動物高度医療センター川崎本院において頚部椎間板ヘル二アと診断し、VSを実施した犬233症例(25犬種、性別:雄 170頭・雌 73頭、年齢:2~18歳(平均8.5歳、中央値8.0歳)。  手術内容、脊髄障害の重症度、予後、術前のMRI所見、術中・術後の合併症について調査しました。

結果

 術前の重症度とVS後の予後を図1に示します。最も重いG3でも93.8%((全体で95.7%)で改善を認め、80.0%(全体で90.6%)で完全回復が得られました。一方、VS後症状が不変あるいは悪化した症例は4例(1.7%)で、死亡は6例(2.6%)でした。  術前RI検査にて椎間板物質により圧迫された脊髄実質内の信号強度の異常(髄内変化)がみられた症例(図2)は71例(30.5%)でグレードの高い症例に多く認められました。また、髄内変化を伴わなかった症例と比較して麻痺の残存や死亡症例の比率が高くなる傾向が見られました(図3)。

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図1 VS手術後の予後

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図2 髄内変化を伴う頚部椎間板ヘル二アのMRI

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図3 MRIにおける髄内変化の有無による予後の比較

 術中・術後にみられた有害事象および合併症の中で静脈叢からの出血が65例(27.9%)と最も多く、一部に急激な出血による血圧低下やヘマトクリット値の低下がみられましたが、止血と急速輸液により回復し輸血の必要はありませんでした。 術後の頚椎不安定症により2例で激しい疼痛と麻痺症状の悪化がみられ、椎体固定手術が必要となりましたが2例ともその後回復しました。スロット形成後の椎間可動性の増大により予防的な固定手術を実施した11症例では、全例で術後不安定性は認められず完全回復が得られました。

考察

 全グレードにおいて93%以上の回復率が得られており、VSは頚部椎間板ヘル二アにおける有効な手術法であることが確認されました。一方、G3における完全回復率は若干低く、術前の脊髄損傷の程度が不全麻痺の残存に関与していると考えられ、MRI検査による髄内変化は予後の指標になると考えられました。急速な出血などの予後に重大な影響を与える可能性のある所見が比較的高率にみられており、観血的血圧測定などによる十分なモ二タリングと鏡視下手術による丁寧な手術操作、適切な対処が必要な手術と考えられました。また、術後頚椎不安定症は予後を悪化させる因子であり、術中の積極的な固定手術の併用等の対応が必要と考えられます。

後頭顆骨折に対し頭蓋骨環椎固定手術を実施した犬の1例

はじめに

 頭部外傷の犬において後頭骨冐折が診断されることは珍しくありませんが、後頭顆を含む骨折はまれです。後頭骨と環椎との関節を形成する後頭顆の骨折では環椎後頭関節の不安定性を伴うため、延髄圧迫により死に至る可能性が高いものの、関節安定化のための確立された手術法はありません。

症例

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図4 MRI検査とCT検査

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図5 術中レントゲン写真

 8歳齢、雌、体重2.1kgのパピヨンが、急性発症の左側頭位回旋、起立困難を主訴に近医を受診し、精査および治療目的で当日中に当センターに紹介来院しました。MRI検査およびCT検査により、左後頭顆を含む多発性の後頭骨骨折が認められ(図4)、小脳と延髄の挫傷および圧迫が臨床症状の原因と判断しました。特に左後頭顆の骨折片は頭部の動きによりさらに内側に変位する可能性が高く、早期の陥没骨折部の減圧と環椎後頭関節の安定化が必要と判断し、同日中に手術を実施しました。  後頭頚椎移行部の背側よりアプローチを行い、小脳尾側部における後頭骨の骨片を除去し、内側に変位していた左後頭顆の骨折片を外側へ整復しました。次に頭蓋骨と環椎を固定するために、環椎翼に左右それぞれ1本、項稜部の後頭骨に左右2本ずつの計6本の1.5mm径チタン製皮質骨スクリューを挿入し、1.6mm径チタン製Kワイアーを屈曲させて上記6本のスクリューを繋ぐ形に配置し、これらの周囲を骨セメントで固定しました(図5)。  術後、臨床症状は徐々に回復し7日目には起立歩行可能となり、手術 2か月後にはほば正常に歩行できるまで回復しました。

考察

 本症例は後頭顆の骨折により延髄の圧迫と環椎後頭関節の不安定化が生じていました。骨折した後頭顆は小さく整復固定は困難と判断し、環椎後頭骨オーバーラッピングに対する環椎後頭関節安定化手術(Dewey,2009)の術式に準じた方法で頭蓋骨と環椎の固定を試みました。その結果、環椎後頭関節の安定化と良好な機能回復が得られ、この術式は後頭顆骨折の症例に対して有効な手術法になり得ると考えられました。