スタッフの声(日本動物高度医療センター)スタッフの声(日本動物高度医療センター)

診療科トピックス

​​​​JARMeCでは365日、各科ごとに様々な症例に向きあっています。
ここでは各科ごとの症例や取り組みの一例を紹介します。

​​​​麻酔科

Anesthesiology Department

手術時の麻酔管理、疼痛管理

はじめに

 JARMeC川崎本院では、毎月約100症例の手術を実施していますが、二次診療施設における手術のため、マイナーサージェリーはほとんどありません。また、患者の状態が悪く、麻酔をかけること自体がハイリスクである症例も少なくありません。このような状況で手術を成功させ、病状を回復に向かわせるためには、適切かつ迅速な手術を実施することが第一ですが、術中の麻酔管理や疼痛管理、周術期管理も重要なウェイトを占めています。  患者動物の高齢化や病態の複雑化、手術内容の高度化が進む中では、想定外の事態が発生することもあり、常に患者の状態を把握し、様々なリスクを予測しながら麻酔管理を行うことが必要となります。麻酔科では、高性能な麻酔器、様々なモ二タリング方法を用いて、患者の状態や手術状況を総合的に判断しながら、手術を受ける患者の安全を守るべく日々の診療にあたっています。  今回はJARMeC川崎本院において、手術時に実施している麻酔および疼痛管理の状況についてご説明します。

全身麻酔

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図1

 すべての手術を全身麻酔下で実施しています。症例の状態や罹患している病態により、セボフルレンまたはイソフルレンによる吸入麻酔、あるいはプロポフォール持続点滴による静脈麻酔を選択しています。  手術室で使用している全身麻酔器(ドレーゲル社Apollo 1台、FabiusPlus 3台)は高機能の人工呼吸器を搭載しており、機種によりさまざまな換気モード(従量式、従圧式、プレッ シャーサポート、SIMV、ボリューム・オートフロー)が選択可能です。これらの人工呼吸器付き全身麻酔器では、一回換気量、分時換気量、最高/プラト一気道内圧、PEEP圧などの呼吸関連項目のモ二タリングが行えます(図1)。

疼痛管理

 周術期の疼痛管理においては、作用の異なる鎮痛方法を適切に組み合わせて用いる「マルチモーダル鎮痛」の考え方を導入しています。
・麻薬性鎮痛薬の持続投与
 当院の周術期疼痛管理の主軸となるのが、麻薬性鎮痛薬の持続投与(CRI)です。多くの手術症例ではフェンタ二ル、レミフェンタ二ル等のCRIを実施し、病態や手術内容に応じて、ケタミンやリドカイン、2α作動薬やNSAIDsの投与などを併用します。
・局所麻酔
 周術期疼痛管理のもうひとつの柱となるのが局所麻酔です。全身投与の鎮痛薬と併用して用いています。
①硬膜外麻酔
 骨盤や会陰部など、主に下半身の手術においては、硬膜外麻酔を実施しています(図2)。
②末梢神経ブロック
 主に整形外科の手術において末梢神経ブロックを実施しています。前肢の手術においては、腕神経叢ブロック、RUMM(橈骨神経、尺骨神経、筋皮神経、正中神経)ブロックを、後肢の手術においては、大腿神経ブロック、坐骨神経ブロックを、手術部位に応じて選択します。末梢神経ブロックを実施する場合には、神経刺激装置(TOFスイッチSX)を用いて末梢神経の位置と適切な投与部位を確認した上で薬剤を投与しています(図3)。その他、下顎切除術では下顎神経ブロックを、肋間アプローチによる開胸術では肋間神経ブロックなどさまさまな末梢神経ブロックを行っています。
③局所浸潤麻酔
 乳腺腫瘍切除、体表腫瘤切除など体表における手術では、創部における局所麻酔薬の浸潤麻酔を実施しています。手術内容により、創部に多孔式カテーテルを留置して術後も局所麻酔薬の投与を継続することもあります。

 局所麻酔薬としては、長時間作用型では主にロピバカイン、短時間作用ではリドカインを使用しています。ロピバカインはブピバカインなどと比較して運動神経抑制作用が軽度で、心血管毒性がより低いとされています。これら各種の局所麻酔法を取り入れることにより、良好な鎮痛を得ながら、全身性に投与する鎮痛薬や麻酔薬の投与量を減らすことが可能になります。

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図2

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図3A

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図3B

モニタリング

 全手術症例において、生体モニターによるモニタリングを行っています。
 手術麻酔中は、一般に、心電図、SpO2、非観血的/観血的動脈圧。ETCO2、吸気、呼気吸入麻酔薬濃度、吸気/呼気酸素濃度、一回換気量、分時換気量、気道内圧、体温、尿量などをモニターしています。その他、患者の病態や手術内容により、血糖値、電解質、動脈血血液ガス分析等の定期的測定を実施することもあります。また、最近ではPI、PVI等のモニタリングを併用することもあります。

・観血的動脈圧測定
 患者の状態が悪い、体格が小さいなどの原因により、非観血的血圧測定が困難な症例、長時間手術が予定されている症例、大きな血行動態の変動が想定される症例など、多くの症例で積極的に観血的動脈圧測定を行っています(図4)。これにより、たとえば、想定外の術中出血に対する急速輸液・輸血療法や、敗血症による重篤な血圧低下に対する各種昇圧剤治療、術中不整脈が発生した際の血行動態の評価など、患者の状態の変化を速やかに察知して、適切な治療を行うことが可能になります。

・血液ガス分析
 動脈ラインを確保した症例では、必要に応じて動脈血の血液ガス分析を行います。病態や手術内容によっては、術後の酸素化・換気、酸塩基平衡が適切であるか、再挿管による呼吸管理の必要性がないかどうかの評価など、各診療科による術後管理に協力しています。たとえば、重度の頚髄損傷により呼吸不全を呈している症例であれば、術前の血液ガス分析により酸素化・換気状態を確認し、呼吸性アシドーシスが急性であるのか、既に慢性化したものであるのかを評価し、さらに術後も呼吸管理の指標のひとつとして用いています。

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図4A

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図4B

おわりに

 今回は川崎本院における手術時の麻酔についてご紹介しました。残念ながら現在麻酔科の人員が十分ではないために同時に実施する手術が重なった場合などには、麻酔科獣医師が手術麻酔に対応できない場合もあります。しかしながら、このような場合でも必ず麻酔を担当する獣医師をおき、その症例に適した麻酔法、疼痛管理、必要なモ二タリンクなどについて事前に麻酔科獣医師と相談するなどして麻酔を実施しています。このように必ず麻酔を担当する専任の獣医師をおいて手術を実施することにより、術者は手術に集中でき円滑に手術を遂行することが可能となっています。