スタッフの声(日本動物高度医療センター)スタッフの声(日本動物高度医療センター)

診療科トピックス

​​​​JARMeCでは365日、各科ごとに様々な症例に向きあっています。
ここでは各科ごとの症例や取り組みの一例を紹介します。

​​放射線・画像診断科

Radiology Imagings Department

はじめに



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表1 放射線治療の実績

 高エネルギー放射線治療は、治療装置の導入・維持に膨大な費用がかかることや、第1種放射線取扱主任者資格を有する専門の獣医師が必要であることなどから、全国的にはまだまだ身近な治療とは言えない状況です。しかしながら、近年、治療が可能な施設が徐々に増えており、十年ほど前と比べて国内の小動物放射線治療の情勢は大きく変わってきました。今後も新規に治療装置を導入する病院が増えると予想され、既存の施設では治療装置の更新が進むと考えられます。今後はより高精度の放射線治療が身近になり、これまで治療が困難であった症例にも治療の適応が拡がると期待されます。JARMeCでは、2007年12月よりリニアックによる放射線治療を開始し、これまで計986頭(2021年12月1日時点)の犬および猫に放射線治療を実施してきました(表1)。本稿では、当センターの放射線治療の特徴、実際の治療内容などについて紹介します。

放射線治療装置と固定法

 放射線治療装置は、エレクタ社製 直線加速装置(Precise Treatment System)を使用しています(図1)。照射可能な放射線は、4MV X線と4MeV/6MeV 電子線です。照射野を形成するマルチリーフ・コリメータ(MLC)のリーフ厚が4mmであり、複雑な形状の腫瘍に対しても無駄の少ない照射野形成が可能です(図2)。頭頸部固定には、熱可塑性合成樹脂を用いたマスク固定システム(MS Kent, et al. Veterinary Radiology & Ultrasound, Vol. 50, No. 5, 2009)を採用しています(図3)。この頭頸部固定システムの当センターでの固定精度は、各3方向の誤差が2mm以内、3次元距離が3mm未満で比較的高い固定精度を実現しています(図5)。体幹部固定には吸引式固定クッションを用いた固定法を採用し(図4)、照射時にライナック・グラフィを撮影して照射位置精度を確保しています。

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図1 エレクタ社製 直進加速装置

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図2 マルチリーフ・コリメータ(MLC)

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図3 頭頚部固定具

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図4 体幹部固定具の使用例

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図5 CTより再構成したレントゲン画像(左)と実際に撮影したライナック・グラフィ(右)

放射線治療計画と照射プロトコル

 放射線治療計画は、エレクタ社の3次元放射線治療計画装置(Precise Plan)を使用しています。事前に撮像したCT画像を基に照射範囲や照射法を決定します。照射法は、腫瘍の発生部位やリスク臓器との位置関係などにより最適な線量分布となる方法が症例により異なるため、それぞれの症例ごとに検討しています。線量分割については、腫瘍の放射線感受性、腫瘍サイズ、臨床ステージ、麻酔リスクなどから根治照射/緩和照射の適否を判断し、根治照射の場合には週3回~5回、最大20回、緩和照射の場合、週1~2回で最大8回の照射を行います。フラクション・サイズ(1回線量)は、照射部位、照射回数、照射頻度、リスク臓器の耐容線量を考慮し、根治照射では2-4Gy/fr、緩和照射では4.5-8Gy/frの範囲で調整しています。口腔悪性黒色腫については、腫瘍のα/βが小さいことが示唆されているため、照射目的等に関係なく例外的に1回8Gy、計4回の照射を基本にしています。

放射線治療症例の内訳



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表2 放射線治療症例の腫瘍部位別の内訳

 動物種別では、犬が全体の約8割を占め、猫が残り2割となっています。照射プロトコル別では、根治照射が約4割、緩和照射が約6割です。犬、猫ともに過去の放射線治療症例の腫瘍発生部位別の内訳をみると、鼻腔腫瘍、口腔腫瘍、脳腫瘍などの頭頸部腫瘍が大半を占めます(表2)。これは、基本的に外科手術が適応にならない鼻腔腫瘍の治療件数が多いことと、比較的放射線感受性の高い腫瘍が多く、手術でアプローチが困難であったり十分なマージンが確保できなかったりする場合に、放射線治療が単独あるいは手術との組み合わせで選択されるためと考えられます。放射線治療の非適応となるのは、腫瘍の放射線感受性が低い場合、病巣が多発し放射線治療の効果が限定的である場合、麻酔リスクが高い場合などがあります。

放射線治療の麻酔

 すべての放射線治療を、プロポフォール導入、イソフルランの吸入麻酔による全身麻酔下で実施しています。治療中は、生体モニターにより心電図、SpO2、非観血的動脈圧、ETCO2、吸気呼気吸入麻酔濃度、吸気呼気酸素濃度、1回換気量、気道内圧などをモニターしています。脳腫瘍や鼻腔腫瘍の頭蓋内浸潤で脳圧亢進が疑われる場合には、直前に脳圧降下剤を点滴投与しています。麻酔の導入から覚醒までは、複数箇所に治療を行う等の特殊な場合を除いて1症例につき20分程度です。

放射線障害

 急性障害については治療効果を優先しながら許容できる範囲に収めることを目標とし、晩発性障害については可能な限り発生リスクを低く抑えるように治療計画を立案しています。しばしば問題となる眼の放射線障害については、必要に応じて眼科獣医師と協力して対応しています。

再照射の取り組み



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図6 再照射時のビーム配置の1例と水平断面の線量分布(塗りつぶし部分は95%線量域)

 当センターで放射線治療を行い、その後1年程度の期間を経て再発・再燃した症例に対して再照射を実施しています。再照射の部位別内訳は、鼻腔腫瘍と脳腫瘍が大半を占めます。再照射では、特に晩発性障害のリスクを考慮して1回線量は2-3Gyとし、総線量は最大で20Gy程度としています。また、照射マージンを最小にすることやノンコプラナ照射を選択することで正常組織の被ばく量を可能な限り抑えるようにしています。図6に実際に再照射を実施した鼻腔腺癌の犬の再照射時のビーム配置図および線量分布を示します。この症例は、初回照射の447日後に再発を確認し、初回照射終了から481日後より、1回2Gy、分割回数10回、合計20Gyを2週間で照射しました。再照射により症状(鼻出血)の消失、腫瘍の縮小、延命が得られ、生存期間は初回照射から950日、再照射から446日でした。再照射に関連した晩発性障害の発生は認められませんでした。

他の抗腫瘍治療との組み合わせ

 手術との併用については、主に術後照射を行っており、手術創の癒合を考慮して術後2週以降に開始しています。術後照射では、必ず手術前後の画像(CT/MRI)を比較参照するとともに病理組織検査所見を考慮し、過不足のない照射範囲となるようにしています。抗がん剤治療は、放射線と抗がん剤の相互効果による治療効果の向上や遠隔転移の制御が期待できる反面、放射線障害や骨髄抑制が増悪されることがあるため、使用する抗がん剤、疾患を限定しています。免疫療法、NSAIDsなどは基本的に放射線治療と併用が可能ですが、個別の状況で判断をしています。

おわりに

 JARMeCでは、放射線腫瘍/画像診断を専門とする獣医師がインフォームからフォローアップまで一貫して担当しています。放射線治療の反応は、同じ病理診断であっても個体差があるため事前に正確に予測することは困難です。このため、治療説明では、放射線治療のメリットとリスクをなるべく丁寧に説明するように心がけています。今後も経験を重ねて、より質の高い放射線治療を提供していきたいと思います。