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診療科トピックス

​​​​JARMeCでは365日、各科ごとに様々な症例に向きあっています。
ここでは各科ごとの症例や取り組みの一例を紹介します。

​​眼科

Ophthalmology Department

犬の水晶体亜脱臼に対し縫着カプセルエキスパンダーを用いた1例

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図1 縫着カプセルエキスパンダー

はじめに

 犬の水晶体亜脱を生じている症例では、続発症として緑内障や完全脱臼などを発症させる可能性があるため、その予防のために外科手術が実施されます。外科手術の方法は水晶体安定性の程度により異なる方法が選択されますが、チン小帯の断裂により、移植した人工レンズ(以下、IOL)を水晶体嚢が支持できない場合は、水晶体嚢内摘出術±毛様溝IOL縫着が実施されます。しかし、水晶体嚢内摘出術は、広範囲の角膜輪部切開や硝子体切除を実施しなければならないため、手術に伴う侵襲が大きいという問題があります。そのため、水晶体嚢が保存された症例の視覚予後の報告に比較して、水晶体嚢が保存されなかった症例の視覚予後は低く報告されており、術後合併症が起こりやすいと考えられています。  縫着カプセルエキスパンダー(以下、縫着CE、図1)は、人の水晶体亜脱臼に対して超音波乳化吸引術(以下、PEA)を行った際、人工レンズを移植した水晶体嚢を強膜に牽引固定させるテバイスであり、水晶体嚢を保存するのに有効と考えられます。今回は犬の水晶体亜脱臼症例に対し、縫着CEを用いて水晶体嚢を固定し、IOLを挿入した症例について報告します。

症例および方法

 柴犬、メス、8歳9ヵ月齢、10.25kg 左眼は未熟白内障で11~5時の約180度でチン小帯が消失し、水晶体亜脱臼が認められました。眩目、威嚇瞬目および対光の各反射試験は正常で、眼内炎所見や眼圧上昇は認められませんでした。網膜電図による網膜機能検査にも異常所見はみられなかったため、水晶体乳化吸引術および縫着CE手術を実施しました。手術はPEAの手順に従い、水晶体前嚢切開まで実施したあと、水晶体嚢を一時的に固定するためカプセルリトラクターを使用し、 水晶体内容物の乳化吸引を行いました。乳化吸引後に水晶体嚢内にIOLを移植、カプセルリトラクターを抜去して、代わりに縫着CEを用いて12時半の位置(1ヵ所)で水晶体嚢を強膜に牽引固定しました。(図2~5)。

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図2 左眼は未熟白内障で水晶体亜脱臼が認められる。1~5時の領域で無水晶体こーぬす(矢印部分)が見られる。

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図3 PEA後に強膜フラップ部より縫着CE(矢印部分)を挿入。その左に見えるものはカプセルリトラクター。

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図4 術後13ヵ月経過、散瞳前

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図5 術後13ヵ月経過、散瞳後。12時半の位置に縫着CE(矢印部分)が確認できる。

経過

 術後は嚢の牽引部にフィブリン析出が認められたが、通常のPEA手術に比較して、術後炎症の程度や持続期間は同程度でした。術後13ヵ月の時点で、強膜に牽引固定した水晶体嚢、IOL、縫着CEの位置異常や不具合は認められず、視覚も維持されています。

まとめ

 水晶体亜脱臼は、続発症を発症し、視覚を喪失する可能性がある疾患です。水晶体亜脱臼に対する外科治療では、水晶体嚢を保存できない場合は、水晶体嚢を保存できる場合に比較して、網膜剥離などの続発症が起こりやすくなります。  私たちは縫着CEを用いて、水晶体亜脱臼の症例であっても、人口レンズを移植した水晶体嚢を保持し、視覚を良好に維持することに成功しました。本手術方法は水晶体亜脱臼症例に対する外科治療において、水晶体嚢を保存するために非常に有効な術式であると考えられます。このことにより、外科治療が必要な水晶体亜脱臼症例の視覚を良好に維持できる可能性が上昇したと考えられます。